【スティング名曲】披露「スティング71歳、故郷で教職ストライキ支持!意外な素顔とは?」

スティングがロクサーヌという名曲を書き、大スターになる前、
教師をしていたことは有名なところですが、
そのスティングが故郷のニューキャッスルにある「ライブ・シアター」
50周年記念のイベントに参加すべく、ラスべガス公演のすぐ後にイギリスに赴きました。

4月20日のそのイベントではもちろんチケット完売!さすがです。
そして、その前に保守党を「不名誉」と公式に避難しました。

これは現在の英保守党の党首率いるスナク英政府が、教育予算の削減、
教員不足の問題に対して放置。
さらに、教師の給与だけでなく、そのサポートスタッフの給与も削減。
国内学校の90%が予算削減の問題に直面しています。

私も教師のはしくれとして・・・まああああ・腹立ちます!😊

スティング 保守党を「不名誉」と烙印を押す

イベント前のインタビューで、スティングは過去に小学校の先生をしていたことを振りかえり、
「教えるということは我々の社会にとって最も重要な仕事の一つであると私は思っている。」
と語り、またその際に看護師の仕事にも言及し、彼らの給与はもっと払われるべきなのに、
そうでないことは不名誉なことだと述べイギリスの保守党での給与紛争に対して非難しました。

これは2023年2月の教師のストライキを公式に支持するものになりました。
全国教員組合(NEU)がストライキを呼びかけ全国2万3000校、
約全体の8割であるおよそ30万人教員が参加するという規模のストライキで、
政府に抗議。ではなぜ・・スティングが?



スティングのあの「高校教師」という曲のベースになったのは 彼が教職の経験持ち主!?

スティングは数多くのインタビューの中で、
名曲中の名曲である「高校教師」についてよく語っています。

質問はいつも「あの曲はあなた自身の経験からなのですか。」とよくいう意地悪なもの。
スティングはあの曲は全くの創造のたまものであると繰り返し述べています。

彼の音楽のいう芸術作品が彼自身と誤解されるのは少し悲しい気がします。
しかし先生であったことは間違いのない事実。

しかし高校ではなく、イギリスのノーサンバーランド州クラムリントンにある
セントポールズ小学校です。

約3年間教鞭をとっていました。授業中に曲を考えていた・・というエピソードも、
さすが伝説のミュージッシャンと呼ばれるスティング!
いいか悪いかは置いておいて。(笑)

彼は彼自身の将来を見ていたのかもしれません。
もしくは彼の魂がいてもたってもいられなかったのかもしれません。

そして彼は一大決意をし、ロンドンに向かいます。
そして27歳で世界的な成功をおさめることになりました。
その時に最初の妻である、フランシス・とメルディの助言と支えが大きかったといいます。

スティングが先生になる前はバス運転手? そして名曲の数々はスターになる前の職業がルーツ?

数々の名曲を生み出すスティングですが、彼は先生になる前、
建設労働者、バスの車掌、そして税務署員の職業も経験しています。

税務署にトライしようと思ったのは、少なくとも寒くはないから・・という
彼の自叙伝の下りには、思わず微笑んでしまいました。

またその中には、税務署員だった頃の様子に言及している場面があります。
彼は自叙伝スティング『Broken Music:A Memoir by Sting』
(著者スティング 訳者:東本貢司 株式会社 小学館 2011年)(英語原本:2003年出版 Dial Press hardcover edition)の中で、

「なるほど、これが公務員になるということなんだ。」と感じたの述べ、
「なんとなく税務署員としてデスクワークにつくことになった。」
また「官庁雇用は解雇の心配がないはずだったが、
私の税務署員としての地位はまたたくまに危うくなった」
(前出記載本:Sting, 2003, 東本訳, 2011,p.143)と書いています。

そしてその税務署の中で彼があてがわれた椅子は、なんと富と名声を手にする前の、
アニマルズのキーボードプレーヤー、アラン・プライスが座っていた椅子だと、
後に知らされます。

さすが、伝説のミュージッシャン! 座る椅子も無意識にすごい椅子をゲットしています。
すごい!しかしながら、彼はその当時を振り返り、
その税務署の日々の業務が彼を音楽的野心にさらに駆り立てたといいます。

彼にとってはその税務署の仕事が”魂が崩壊していくような昼間の仕事”だったと描写していますが、
そのような様々な人生経験が彼の以後の創作活動に影響を与えたのは言うまでもないのかもしれません。

昼間の拘束時間と夜の音楽の世界。昼間に彼自身の将来を考え、
夜は彼の魂の声が叫びをあげ音楽に身を浸した・・という生活を約6か月続け、
スティング税務署を去ります。そして音楽へ? いやいや、教職へと向かったのです。

そこで彼の音楽的師匠とも呼べる、またライバルでもある、
ジェリー・リチャードソンに合うことになります。運命は少しずつ動いていったようです。


スティングは現在何歳?

ジェリー・リチャードソンとスティングの共通点は山ほどあったといいます。
きっとこのイベントでもあったのでしょうか。

ジェリー・リチャードソンについてはまた別の記事で書きますが、
スティングは当時まだ20代。

今回のイベントで、今何歳でいらっしゃいますか・・・とインタビューを受けて、
「70歳を超えました!今71歳です!」と答えています。
1951年10月2日生まれのてんびん座のスティング。
(※2024年現在は72歳ですね。)

今回のイベント公演でのトーク場面では、彼の人生において、
特に初期を振り返り、その当時影響を与えた人々に敬意を表しています。

その中には彼のピアノの先生や、数学の先生、文学への愛を教えてくれた
中学校の英語の先生にも言及し、教師という職業の重要性を示しました。

今回の給与論争、予算削減をする保守党政府に対して「不名誉」と非難し、
教師たちのストライキを支持したのも彼の安い給与での経験そして、
教職という教える仕事の尊さを身をもって体験したスティングだからこそなのかもしれません。

また、スティングのようなスターが支持していくれるということで、
全国教員組合の地域セクレタリーを務めるべス・ファーハットは、
この公式サポート対し感謝を表しています。

スティングの性格と若い頃の経歴が垣間見れる今回のイベントと現在

今回はラスベガスの公演が終わり、
彼の妻のトゥルーディー・スタイラーと共にイギリスにすぐ向かいました。

現地時間で4月の23日のトゥルーディー・スタイラーさんのインスタグラムでも
その様子が垣間見れます。また、スティングのファンサイトですが、
公式スティングのウェブサイトと非常に連携が濃かったインスタグラムのスティングダイジェスト(StingDigest-FunClub: 偽物が多かったので当時は要注意が必要でした。今は閉鎖)というサイトにもその様子が共有されていましたね・・・

もしかしたら、私がブロックされているだけかもしれませんが、私は感謝はしているだけで、
それはそれでいいと思っています。なぜって・・まったくまったく理由がわからないからです。
この詳細についてはコチラ👉プロフィール

スティングの故郷への思い、そして若い頃の経験を大事にし、
人を大切にするという彼の性格が表れたイベントになったのではないでしょうか。

そして教職という仕事に対する彼の理解。スティングの人物像が見えてくるような気がしました。
今回のイベントでの売り上げはチャリティーとして「ライブ・シアター」に寄付されます。

彼のお休みが終わる次回の公演は、2023年6月1日でした。
それまで彼の故郷でしばし、おくつろぎ・・・の日々をすごされたみたいです!
Happy life!

執筆:2023年4月24日)(改訂加筆:2024年4月17日)

 


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