スティング7歳 父と牛乳配達 潜在意識に成功の種 父親の愛?曲”死人のブーツ”

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スティングが2023年4月20日イギリスのニューキャッスルの「ライブシアター50周年記念」に参加するため、彼のふるさと英国北東部に位置するタインサイド、ウォールズエンドに戻ります。

なんとチケットの値段は50ポンド。

為替で換算すると1ポンド167.60円(4月19日2時58分)とすれば、8380円となりますが、

感覚的には日本の5000円に近いかなあ・・と思います。

そして・・・もちろんチケット完売。スティングすごい!スティングレベルだと当たり前?

イギリスのニューキャッスルはスティングの故郷

”スティングの人生、キャリア、そして彼の音楽に対する思い、
インスピレーションを語る” として、現地の公式ライブシアターのウエブサイトには記載があります。

“ライブで会う:スティング” (原題:Live Encounters: Sting” と銘打たれたこのイベント。
チケットがなんとたったの50ポンドとは驚きですね。私も聞いてびっくりしました。

非常にお買い得というか、信じられない値段だとおもいました。

私は思ってしまいました。もちろん完売。4月20日木曜の午後7時30分開演予定。芸術監督のジャック・マクナマラと対談する予定になっています。またスティングの名曲も披露してくれうそうです!

うれしいです!超スペシャルイベント!一夜限りですから、完売!納得です。


芸術監督のジャック・マクナマラとスティングの共通点?

世界的スターのスティングと対談するのは、ジャック・マクナマラ(Jack MacNamara)。

かれは作家、監督、そしてライブを基本としたパフォーマンスディバイザー(考案計画者)でもあります。約50年の歴史を持つ ”ニュー・パースペクティブ” (新しい世界観)というシアターカンパニーを率いる芸術ディレクターの一人。

この長い歴史の中でこのニュー・パースペクティブ シアター カンパニーは多くの変化を経験してきました。

現在はイギリスを構成する9つの地域の1つであるミッドランド東部(East Midlands);
総人口約445万人、人口密度は1平方キロメートルあたり285人(ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典:”イースト・ミッドランズ”:2022年7月10日最終更新情報)
とされる地域を拠点とした巡回劇団です。

このニュー・パスペクティブ シアターカンパニーの設立は1973年ですが、そのはじまりは1972年。
たった5人の演劇卒業生が立ち上げた教育プログラムとして劇場でした。

当時は ”パースペクティブ”という名前で、”ニュー”はついていませんでした。そのような始まりを持つニュー・パースぺクティブ劇団率いる芸術監督の一人が、ジャック・マクナマラ。

彼が手掛けるのは、オーディオサウンド、ビジュアル、インターネット、そしてアナログメディアまで幅広く、芸術形式と文化の境界線をぼかすことが得意と紹介されることが多い監督です。

そして彼が心を砕いて携わるのは、境界線を探求し今日のシアターとしての可能性を押し広げること。
なにかスティングの音楽追求の姿に共通点を見出してしまいます。

スティングも音楽をジャンル化して分けるのがお好きではありません。

音楽を”音楽”として一つの分野として捉え、ジャンルにこだわらないのがスティングのお好み。
また彼自身の音楽でもジャンルの融合を感じさせる楽曲は多いです。

ぱっと浮かぶ曲では、「Fill Her Up」 (邦題:フィル・ハー・アップ)。
この曲はロック、ゴスペル、カントリー、ジャズが融合したような曲。
最初聞いた時は結構なショックを受けました。もちろんいい意味で・・・。

私は境界を超える楽曲、特に融合感のあるスティングの楽曲を ”スティング音楽”、
として呼んでいますがその楽曲の中には物語が語られている場合もあり、
舞台芸術と音楽、そこに何かしら通ずるものを感じます。

スティングは言うまでもなく。
グローバルなあまりにもすごい伝説的シンガーソングライターではありますが、
ジャックもまた、北米、アジア、ヨーロッパのフェスティバルなども含め、
メジャーな劇場からタウンホールまで国を隅々を駆け回って活動している国際肌。

ナイジェリアの小説 The fisherman (邦題:僕らが漁師だったころ)では、”Stage Award for Outstanding Performances”(優れた舞台パフォーマンス賞 ”Black British Theatre Award”
(ブラック ブリティッシュ シアター賞)を受賞しています。

4月20日の対談はすばらしいものとなりました。


イベントで集められた資金はライブシアターに貢献

このイベントで集められた資金は、ジャック・マクナマラが率いるライブシアターの才能開発、
そして子供たち、若者のプログラムに役立てられます。

人権保護活動や、環境保護などに貢献しているスティングっぽいなあと思いました。
彼の故郷への愛の表現の一つだと私は感じました。

スティング ー カザフスタン公演中止。人権侵害に抗議した過去。

今回のイベントのように、ふるさとの人たち、芸術への資金の貢献という形ばかりでなく、
スティングは以前別の形で”人”に対する貢献をしています。

スティングは人権保護活動家としても知られていますが、2011年に人権侵害に対する抗議の形として公演をキャンセルしたことがあります。

同年7月4日の彼のコンサートです。このコンサート開催予定地がカザフスタンの首都、
アスタナだったのです。カザフスタンには、”カザムナイスガス”という、
石油・天然ガスを取り扱っている国営企業があります。

その国営企業で大がかりなストライキが2011年5月26日に勃発。

同社はこのストライキが違法行為であるとして、約250人を解雇しました。
そして2011年8月2日、労働組合員のジャクリシク・トゥルバエフが殺害されるという
人の命までが奪われるという事件にまで発展。

また同月の24日には、ストライキ委員会のメンバーの18歳の娘の死亡が発見。

地元の警察はストライキとの関連を否定したといいます。

しかし人命を伴う事件なったことは事実です。

スティングのコンサートは7月4日でしたので、これら事件の起こる前ですが、
アムネスティ・インターナショナルからこのストライキに関する説明受けたスティングはコンサート中止を決定しました。彼の人権保護に対する思い、”人” を愛する心を感じます。


スティング ライブシアター 日本時間4月21日午前3時スタートで「Dead Man’s Boots] 死人のブーツを選んだ訳

ライブシアターでのこのイベントは、日本時間では4月21日午前3時スタート予定。グラミー賞17回受賞のスティング。

経験豊かな彼の音楽に対するインスピレーションや思いと共に
スティングの名曲が聴けると思います。
そして「見つめていたい」フラジャイル」は聞けるのでしょうか。

名曲中の名曲。また続報入りましたら報告します。
もうすぐ開演!とちょっと気が早すぎと、わくわくしてしまいました。

始まったこのライブ。スティングが選んだ曲が「Dead Man’s Boots」私もちょっと意外

そして、ライブ終了。

その中で歌われた曲に「デッド・マンズ・ブーツ」(原題:Dead Man’s Boots」がありました。
最初はちょっと驚いたのですが、ただ落ち着いて考えると、なるほど・・・スティング!と腹落ちです。

この曲はスティングが故郷を思い書き上げたミュージカル「ザ・ラスト・シップ」
(原名:The Last Ship)からの楽曲。”最後の船” と日本語にすることのできるこのミュージカル。

この題名も、上手いなあと思います。なぜか心が熱くなります。
これはスティングが幼い頃、空を埋め尽くすような大きさの巨大な船が覆いかぶさるように町を見下ろしていた、ふるさとニューキャッスル;造船業の町で育ったことがベースになって書かれたものです。

彼が幼少時代に言及する度にその話はでてきます。それをスティングが60歳を迎える頃、
人生を振り返り作ったミュージカル;ザ・ラスト・シップ。

その歌劇の1部としてこの曲が位置しています。息子と父親が繰り広げる世界。
1足の疲れ果てたブーツ、そして父親の汗と人生がつまったブーツを、父親が息子に渡す時・・
が近づいた。

「息子よ・・」と語りかける。しかし息子は・・。というお話!
これはスティング自身が息子だった時、彼の父親に対する思いと彼自身の人生経験が
フィルターとなって書かれたことは言うまでもありませんね。

この楽曲についてもまた詳しく書いていきますが、「Dead Man’s Boots」
それはスティングの心の奥底に燃え続ける父親への愛情の証?なのでは?と感じます。

それが物語風のミュージカルの楽曲として、ミュージッシャンであるスティングが表現したものだと
私は思っております。そうするとお話もウルウルですが、もっと心の奥からウルウルきてしまいます。

歌の中で、父親自身が長年使ったブーツ(造船業で使用した)を息子に渡そうとする。

息子は反抗して、”はく気はない” ときっぱり。更に、”どうして俺がそれをはくなんて思ったんだ?”
とまで切り返す。スティングも彼のその故郷で造船業で働く人をみて、ミュージッシャンになりたいと
ロンドンへ故郷を去って出ていった・・・という過去があるというのは有名な話ですが、
何か共通するものがありますね。
そして彼自身が書いた自伝でも父親の死の直前 の場面が如実に書かれています。

そして彼がふるさとの小規模ライブシアターで選んだのは、
父親を思ったこの曲「Dead Man’s Boots」、”死人のブーツ”になった、
ある意味、スティングが彼の原点を父親への愛として表現したのかもしれませんね。


スティングの幼少・・

スティングは今でこそ、超豪華賢覧のミュージッシャンで、CBE:大英帝国勲章3等勲爵士)もエリザベス女王から授かるという、メガスターですが、幼少のころは必ずも裕福であるとは言えない家庭に生を受けています。

そしてそのエリザベス女王とは・・幼少のころしっかり目があって・・何か不思議なものを感じた・・
またこの話は別の機会に💛

生まれたニューキャッスルという町が、1950年代当時は、もう町全体が巨大な船を作る街、造船所タウン・・といってもいいくらいのイギリス北部の街でした。そこの長男として生まれたスティング。

生まれた時に授かった名前は、ゴードン・マシュー・トーマス・サムナー(Gordon Matthew Thomas Somuner).

オートリーという格別美しいほっそりとして、緑の目の母。彼女は美容師をしていた。通りでは、男性から口笛を吹かれるくらいの美しさを備えた女性だった。スティング彼の本の中で、一緒にあるいていて
見知らぬ男性が、お母さんに口笛を吹くと、その方向に冷たいまなざしをむけてそっそと歩きさるのをいて、少し誇らしかったと書いてます。かわいいですね。スティングが大好きなご自慢の素敵なお母さんですね。

そしてスティングの父親も素敵なお方だと思います。家族のために一念発起して機械工場の仕事を辞めて、乳製品販売の経営研を譲りえることになり、牛乳配達を始めました。

スティングが7歳になったころから、学校の休みや週末に父親を手伝うようになります。イギリス北部の炭鉱労働者が多い町。もちろん父親は年中無休。スティングは、おとうさんはボスなんだから休めば・・とも思ったそうですが、1日たりとも休みをとらなかったそうです。

毎朝5時になるとスティンをを起こすようになります。そして眠っている弟を残して、牛乳配達をスティングも手伝いながら成長していきます。

ニューキャッスルといえばイギリス北部。冬はめちゃ寒い。5時に起きると息はハーハー白く、二階から下に降りて行って、お茶を入れるお父さんを横目に家族のために暖房の日を入れるのがスティングの役目だったそうです。

できるだけあったかい洋服をマオリ、指の部分が切り落とされた古い川の手袋をはめて、父親と一緒に金属製の牛乳の入った金属制の缶を隣家の人々を起こさないように、できるだけ静かにバンに積み込むところから仕事は始まりました。

まだ5時過ぎといえば、冬場は暗く、がらーんとした通りに牛乳配達に出ていくのですが、そのうちにスティングはその朝の不思議な時間を愛するようになったといいます。

彼の本には、”こよなく愛した”と・・・あたかも泥棒のようにこっそりと行動し、通りという通りを我が物のように闊歩する・・牛乳を配りながら・・

そして夜があけるにつれて神秘的な謎めいた美を感じるようになったスティング。もともとロマンチックで情緒ゆたかな天才だったのかと・・私などは思います。今でも朝が早いのがお好きだとか・・

またこのことについては👉こちらにも💛

彼の潜在意識に入った成功物語は幼少期の牛乳配達?

父親を慕うスティング。彼は一生懸命に父親に認められようと牛乳缶の持ち方も考え、配達先も覚えて父親を手伝いました。

父親に誇らしく思ってほしかった・・・父親も非常にタフでストイックな男性だったそうで、そのお父さんに褒められるには・・愚痴を一切垂れなく、帰りたいともいわず小さい7歳、8歳、9歳の男の子が頑張ったんです。もう・・わたしなら・・お母さんがするから・・と言ってしまいそうです

それか。。お母さんと一緒に配ろう!と楽しんじゃうかも。子供の顔をみて・・夜が明けるのを感じ・・でもめちゃ寒いから、ギブしちゃうかなあ。スティング超強いですね。タフさはそのころに培ったのでしょうか。

1度に両手に6本、わきの下に2本の大瓶を運ぶやり方をスティングは身に着けたそうです。番地を憶え、それぞれの家がどういう契約かも頭に叩き込んで、変更がないかを父親に確認して、・・すごいですよね。

もう、私が社長なら、部長昇格です!💛。しかし、父親は一度もほめてくれなかった・・これが彼の一つの心のひっかかりとなり・・しかしそれは解消するときが・・こちら👉スティングの父親と牛乳配達をした地で名曲ライブ

 

スティングの幼少は毎朝のギターでなく牛乳瓶が成功へのチケットだったのかも?

私はそんな彼が好きなんです。素敵な話ですよね。私の父親も成功するには非常に苦労した過去を持っています。

そして女性と子供たち?私たちが足かせとなったのかもですが・・まあそれは置いておいて・・

スティングはありとあらゆる奇想天外な未来図を夜明けのニューキャッスルを牛乳を配達しながら描いたといいます。

これはやっぱり体験した人にしかわからない大変さだとは思います。だけど・・なにかそこに男性としてのロマンも感じしてしまう。

スティングは彼の本の中で、「私は世界中を旅し、大家族の長となり、指折りの豪邸に住み、資産家になり、名声を勝ち取った。」と述べています。(スティング著、東本貢司(ひがしもとこうじ)訳、小学館文庫、2011、P43)

父親と息子・・その間の愛。・・・(2023年10月26日改訂)


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