シネイドオコナー死因の秘密 56歳死去5か月前息子自死 壮絶な生い立ち スティング1991年共演 

音楽情報

アイルランドのポピュラー音楽歌手、シネイドオコナーさん享年56歳 若い・・アイルランド首相コメント

アイルランドのレオ・ヴォラッカー首相が、シンニード・オコナーさん (Sinéad O’Connor)
音楽に対し「世界中で愛されていたし、彼女の才能はたぐいまれなものだった。」
とコメントしています。それくらいすごく、国を挙げての歌手だった彼女。

そしてこの訃報を受けた 現アイルランド大統領のマイケル・ヒギンズ( President Michael D Higgins)は

first reaction on hearing the news of Sinéad’s loss was to remember her extraordinarily beautiful, unique voice.

「シネイドさんの訃報を初めて聞いた時、彼女の並外れた美しく独特の声を思い出したよ。」と
述べています。

オコナーさんはこれまでに10枚のスタジオアルバムを発売し、
「愛の哀しみ」”Nothing Compares 2U」は1990年に
ビルボード ミュージック・アワードでシングルチャートで1位を獲得。

「愛の哀しみ」 ”Nothing Compares 2 U” は プリンスの曲

シネイドさんが歌って、大ヒットしてしまった・・・というのも・・・この曲は、
実は、もともとはミュージッシャンプリンスが書いたバラード調の曲で、
彼女が歌ったバージョンが、世界中で1位を獲得し、
3つのグラミーにノミネートされてしまったんですね。

紐解くと、もともとは、”The Family”というジャズ・ファンク・バンドのために、
プリンスが1980年代に書き、プロデュースしたもの。だけれ

それを1990年にシネイド・オコナーさんが歌うと、
またたくまに・・空前の世界的大ヒットになってしったというのがこの曲なのです。

Youtubeで、Sinéad O’Connor – Nothing Compares 2 U (Official Music Video) [HD] で、
検索すると出てきますが、4億回プレイされていて、223万のグッドボタンをもらっています。
すごい!

この再生回数、億越えの曲で「愛の哀しみ」という邦題がつけられていますが、
この曲のメッセージは、”魂の哀しみが与える悲痛”、”耐えられないような哀しみ”
を歌って見事なまでに美しく・・歌っていると私は思います。

プリンスが書いたこの曲のプリンスの音源からは、
去っていった恋人を思う悲痛な痛みの素晴らしさを感じることができるかと思います。

オコナーさんが歌うと・・・そう・・更にあの独特な声と魂のいれかたが・・・
どうしようもなく・・絶望的に、そして見事にまでその悲しみが美しく魂に響きませんか。

では・・・


「愛の哀しみ」 歌詞と和訳をご紹介。 Nothing Compares 2 U

和訳はあくまでも・・参考訳ですので、英語を堪能してくださるとうれしいです。

It’s been seven hours and fifteen days
Since you took your love away
I go out every night   And sleep all day

15日と7時間たってしまった・・
あなたが あなたの愛をとっていってしまってから・・
毎晩で歩いて、そして昼間中寝ているの。

Since you took your love away
Since you been gone
I can do whatever I want
I can see whomever I choose

あなたがあなたの愛をとっていってしまってから・・
あなたが去ってしまってから・・
私はなんでも好きなことができる
私は誰でも選ぶことができる

I can eat my dinner in a fancy restaurant
But nothing
I said, nothing can take away these blues
`Cause nothing compares

愛らしいすてきなレストランでディナーも食べれる・・
でも・・空虚なの・・
私言っているでしょ・・何もないの・・
この悲しい気分を拭い去ってくれるものが

Cause nothing compares to you
It’s been so lonely without you here
Like a bird without a song
Nothing can stop these lonely tears from falling

だって。。あなたと比較できるものなんて何もない
あなたがここにいなくなって、ずーっとめちゃさみしい
歌を忘れた小鳥のようなんだから
もうこの哀しみの涙がこぼれるのをとめることができるものなんて、何もない

Tell me baby
Where did I go wrong?
I could put my arms around every boy I see
But they’d only remind me of you

ねえ、教えて。私何まちがちゃってこうなったの?
(どこ、私 間違っていってしまったの?→こうなちゃった・・)
私が出会う男の子手あたり次第、
私の両腕で抱きしめることだってできるけど・・
あなたのことを思い出すだけ

I went to the doctor n’
guess what he told me
Guess what he told me
He said girl u better try to have fun
No matter what you’ll do
But he’s a fool

医者に診てもらった、そしてなんて言われたと思う?
なんて言われたか当ててみてよ!!
・・こういったの
女の子って楽しんだほうがいいだよって
何をするにも  でも わかってないバカなんだから・・

`Cause nothing compares
Nothing compares to you

だって、何もないのよ!!比べられるものが・・
何もないのよ!・・あなたと比べられるものが!

All the flowers that you planted, mama
In the back yard
All died when you went away

あなたが植えた全部の花、ママ。。
あの裏庭の・・
全部枯れちゃった あなたが去ってしまったときに

I know that living with u baby
was sometimes hard
But I’m willing to give it another try
わかってるし・・ねえ、
あなたと暮らすっていうのは時に大変だって・・
でも、もう一度やり直したい

Nothing compares
Nothing compares 2 u

何もない・・比べられるものが
何もない・・比べるられるが・・あなたと
(繰り返し)

Youtubeでの彼女の美しさも素敵ですが、訴える目が印象に残ります。
そしてこの曲の大ヒットで、ローリングストーン誌も年間最優秀アーティストに1991年選ばれています。

ちなみに Sinéad O’Connor – Nothing Compares 2 U (Live in Euro pe 1990) で
検索するとライブバージョンもみれます。

スティング同様、すごい独特な声の持ち主で、彼女の歌唱力は本当にすごいと思います。

そして、彼女の心・・魂には・・Pain in soul・・・だったのでしょうか。私が、彼女の人生を歩んでいたらと思うと・・・多分今生きながらえてはいないような気がします。


1990年「愛の哀しみ」アメリカ・イギリスで1位!美しさと芯の強さ・・そして隠された苦しみ

1991年「愛の悲しみ」でアメリカ、イギリスで1位になり、1992年に、米NBCのテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演した際に、彼女がカトリック教会内の児童性的が虐待の抗議として
すごい事をしてしまいます。

ボブ・マーリーさんの ”War”(戦争)をアカペラで歌い、その歌を歌いおわると、
手にもっていた当時の教皇ヨハネ・パウロ2世の写真を破り捨てます。

そしてカメラ目線で「本当の敵と戦うのよ!」と呼び掛けました。

Sinead O’Connor on ripping up Pope photo in 1992 SNL・・と検索するとその動画が出てきます。

そのあとにインタビューが収録されています。

また、TIME のマガジンのウェブサイトで、彼女のインタビューが掲載されていますが、
私はいつも思うことがあって、日本人も含めて なのかもしれませんが、
感情豊かで、非常に繊細、やさしい、魂の持ち主を、
この地球のさまざまな、他を思いやることができない魂をもった人たちが、
すぐ、そういう繊細で苦しむ魂に対して・・攻撃する・・
そして、「メンタルヘルスを患っていた」・・などと
ハンを押すように表現するところがあるように私は感じています。

彼女には、正義感が強く、非常に芯が強い・・
ただそれゆえに苦しみがあったのかも・・と思ってしまいます。

でも彼女が”身体=肉体”をもって、この世界に命を持ち、
彼女の素晴らしい歌声と、その音楽の才能で、この世に与えたインパクトは、
この地球を良いほうに導いたことは間違いないと、わたしは思っております。

欧米のメディアはとかく、日本の子供社会のように
時に残酷に報道する時があると、私は思っています。・・日本もしかりですが・・・

ローマー法王の写真を破り捨てるシネイド・オコナー あまりにもブーイングが酷すぎる

ボブ・デュランの30周年記念ライブに出演した際、
マデソン・スクエアガーデンで大ブーイングを受けながら・・彼女がアカペラで歌いました。

この時、用意されていた曲は、実は別で、「I belive In You」を歌うことになっていました。

しかしあの教皇の写真破りがスキャンダルとなって、ブーイングが鳴りやまず、
アカペラで彼女が歌いだします。

Bob Marley – WAR (1976年の「Rastaman Vibration」というアルバム収録されています。)

Until the philosophy which hold one race superior
And another inferior
Is finally And permanently
Discredited  And abandoned
Everywhere is war Me say war.

1つの人種がもう一つの人種より優れているとか、劣っているとかという哲学が、
最終的に、永久的に、信じられなくなり放棄されるまで、いたるところが戦争だ

That until there no longer
First class and second class citizens of any nation
Until the colour of a man’s skin
Is of no more significance than the colour of his eyes Me say war. (I got to say war:シネイドさんアレンジ)

いかなる国においての第1級、第2級市民がなくなるまで・・
人の肌の色が目の色よりも意味がなくなるまで
戦争だ!(戦いは続く)

That until the basic human rights
Are equally guaranteed to all,
Without regard to race  Dis a war.

人種に関係なく、全ての人々に基本的人権が平等に保障されるまで、戦争だ!

(シネイドさんアレンジ:少しあり)
And until the ignoble and unhappy regimes
which holds our office too
Child abuse Child abuse

Sub-human bondage
Have been toppled,
Utterly destroyed
Well, everywhere is war  Me say war.

”下劣で、不幸せな政治体制が, 事務所を占拠している。
児童虐待 児童虐待
人間以下の檻の中で
それらが崩壊され、完璧に破壊されるまで、
いたるところが戦争だ・・戦いだ”

では、なぜそこまでして・・・
そして彼女の丸刈りスタイルは・・

少女時代に万引きでカトリック系の収容施設に収容される・・・ そこは監獄同然

アイルランド島の東部に位置する首都、ダブリン(Dublin)。2016年の人口約117万で、面積117.8 km²。人口密度が、4,811人/km2。広島市の人口が約119万で8480km²。1312人/km2 という感じのダブリン。そこで生をうけたオコナーさん。

1966年生まれ。8歳にして、両親が離婚。母親に引き取られたのはよかったのですが、
ここで母親からの虐待を受けることになりました。

その母が、自分の姉妹の髪を醜いと思っていて、人に紹介するときに、かわいい娘と醜い娘です・・
と紹介するので、オコナーさん。かわいそうに思って、自分の長かった髪を切り落としたそうです。
天使ですね! メンタルをやられていた?じゃないですよ!!と声を大にしていいたい・・・

天使の心・・天使が弱い魂を守ろうとして・・傷ついてしまった・・
もっと強い天使がまもってあげたかった・・だけどそれは、彼女の天使という非常に美しい心が
強くなるべくしての、プロセスだったのか・・それにしても何か彼女の魂を導き
あんなにも美しく音楽の才能のある オコナーさんをもっと この世の中で幸せを感じ生きてほしかったと私などは思います・・

周りの酷さと自分のなかのあるべき人の姿のギャップが理解できなくて、
コントロールができなかっただけ・・
周りとそして自分も どうあれば心が楽に生きていくけるのかが、理解できなかった・・・
苦しい・・・

どうして。どうしてって・・・

そして 答えを与える天使たちの声をもった魂たちが、
周りにいなかったのかもしれない・・そっと見守っていたのは言うまでもありませんが・・

更に、彼女は、「長い髪でいることは伝統的に女性っぽいし、私はレイプされたくない。
そして性的いたずらもされたくない。女の子のような洋服を着たくないのよ。
かわいくなりたくない」ともイインタビューで述べています。

この心の叫び・・・言葉を字ずらだけでは理解できない・・・これが魂の叫びです。

助けて・・・レイプされたくない・・レイプされたんですといわんばっかりではありませんか?・・
それをしっかり理解できない、もしくはできないふりをして・・忘れてしまう・・
そんな未熟な魂、私も含めて・・

彼女のような繊細ですばらしい魂をもった人だと・・見習うべきかとわたしは思うのですが。

ところが、弱さにつけこんで・・よくも理解せずブーイングをするやからもいる・・・・
かなしいですね。キリスト教を信じているのなら・・人間の魂のエッセンスである自由を尊重すれば・・
同じ人間の魂が傷つくとわかっていて、なぜそれを楽しむような行動を人間はおこすのだろう・・

何が正しい、何が正しくない・・本当にむずかしいのかもしれませんね。お互いをみとめて善を実現する・・それができればいいのにと思ってしまいます。彼女はインタビューで・・

“I didn’t want to be raped. I didn’t want to be molested. I did not want to dress like a girl. I did not want to be pretty.”

と語っています。苦しかったでしょうに・・こんな言葉を吐かせる現実をいきてきたなんて。。

そしてその後、父親に引き渡されたものの、万引きなどの非行を行うようになり、
ローマ・カトリックのかなり厳格な厚生施設であるマグダレン修道院に入れられてしまいます。

この施設については、映画化されています。それほどすごかったそうです。

着せられる服はほぼ囚人服。あまりにもひどい生活に逃げようとすると体罰に、
女の子なのに丸刈り。知的障碍者は神父?さんからblow jobに性的虐待。

全裸で並ばせて体もバカにする修道女たち!信じられない・・悪魔の使いではないですか・・
・・・この映画には実際の映像と、実際に入っていた女性たちのインタビューも入っています。

マグダレンの祈り(2002年製作の映画)です。

この映画の原作者、ジューン・ゴールディングさんは、この施設の助産婦さんをしていた経験があり、虐待をうけた女性たちの願いと約束でこの作品を書きあげたそうです。

重労働、私語厳禁、聖職者による暴力、性的虐待・・悪夢です。

10代のころの性的虐待は、人によるかもしれませんが、死ぬほどのつらさ・・
恥ずかしさをともなう・・と私は予想できます。

そう・・・死ぬくらい・・消えてしまいたいくらいつらいはず。他人に触れられたことのない身体・・
まだ、敏感どころではない、女の子が、自分が女性だと気が付き始めている体が、
精神と一緒には成長しきっていません。

私ごとですが、中学1年生のころに巾着(巾着)という、半分遊びのいじめがありました。
これは女の友達が、一人の女の子をターゲットにして、当時の制服の長い青スカートを
よってたかったまくり上げて、頭のところにあつめてちょうど巾着のようにする遊びです・・

そして笑い転げる???

1度か二度ターゲットになったことがあって、自分がコントロールできませんでした。
あまりにも恥ずかしくって、声が甲高く泣き叫ぶように、抵抗しました・・・

そんなもんじゃないですよね・・これは。まだいろいろありますが・・それは置いておきましょう。

まだまだ、子供の精神成長度に、あういうことを体験すると頭が変になるのは・・わかります。
客観的判断ができなくなってしまう可能性が大きいと思います。

とにかく、この修道院という宗教的仮面とも呼べるもので包まれているなかで、起こる虐待。
そして隠し続けるローマ・カトリックは・・・ただの未熟な魂、悪の魂が巣くっていた温床・・・

シネイド・オコナーさんがこの修道院にいて、テレビで写真を破ったことをきっかけに、
被害者の一人が名乗り出て話題にもなりました。

だからこそ・・写真を破ることで彼女の魂が叫んでいたのではないでしょうか・・・

2018年にイスラム教に改宗しました。そして名前をシュハダ・サダカットに改名。そして2021年には回想録「Rememberings」を発表し、映画化されています。


息子の死と死因

2022年のツアーをキャンセルします。2022年1月7日、
彼女の息子のシェーンさん(Shane)が、17歳で自死でなくなったからです。

彼女はインタビューで

“We were one soul in two halves. He was the only person who ever loved me unconditionally. I am lost in the bardo without him.”

私たちは、半分ずつの1つの魂だった。かれだけが無条件に私のことを愛してくれた。
私は彼なしではバルドでさまよう迷い人です。
(バルド:前世の死から次の性を受ける幽体、またそのような状態であるきかんとか。
あと生と死の間という意味で使用される語)

息子の愛ってすごいですものね。あるいい素晴らしい息子さんにめぐまれて・・
そこには素晴らしい光の愛でむすばれていたことは間違いがないと思います。
そう・・光るようなあったかい愛・・母と息子・・親が子を思う愛は無償ですから・・
そして子が親を自由とともに無償で愛する時・・これはもしかすると神様の愛にもっとも近いものかもしれませんね・・そこには束縛もなく・・本当の愛、相手の喜びを心から喜べる自由と無償がある・・
見返りをもとめず・・

地球がもっともっと美しい魂が住みやすいところになれば・・

死因は家族がプライべートということで伏せています。

いまごろは息子さんと一緒に1つの魂となって光につつまれて幸せいっっぱいだったらと
願ってやみません。

スティングとシネイド・オコナーさん共演

1991年に、クルド難民のために 「My Special Child]と題して、
36か国で放送され15億ドルを第1次湾岸戦争のクルド難民のための
赤十字チャリティとして集めました。

3週間でプロデュースされ、ロンドン、アムステルダム、
フィラデルフィア、シドニーと公演をしました。

スティングはダブルベースで、シネイドオコナーさんが歌う楽曲で参加しています。

Youtube で 「My special Child LIVE 1991 Sting」と検索するといくつかみることができます。

スティングのダブルベースいいですよ。ドミニク・ミラーも一緒にいます!

そして、難民のためにスティングも、シネイド・オコナーさんも・・
ドミニク・ミラーさんも頑張ったんですね。音楽という媒体をとおして・・・

Power of music 魂を揺さぶりますね。

そして彼女の強さ、彼女の度胸、彼女の純粋さ、彼女の愛・・息子を思う母としての彼女、
そして女性として生まれ、そして少女として経験しなければならかった・・
それを乗り換えるしかなかった彼女。

そしてすばらしい息子にめぐまれ・・・彼女自身の人生の辛さを乗り越える大きな力だったと
私は勝手に思っています。

そして彼女が数えられないくらい多くの人々に音楽を通して与えた感動、
彼女の魂の思い・・を思う時。

私の魂の2つの扉から雨が降らないときはありません・・
それは人生という不思議さと辛さと、そして・・愛という素晴らしさ・・
音楽という素晴らしさ・・すべてが一つとなった不思議な雨・・

シネイド・オコナーさん・・ありがとうございます。感動と学び・・Thank you very much 💛Nothing Compares 2 U💛!

(執筆:2023年7月28日)(修正加筆:2024年4月14日)


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